論文賞受賞一覧

2022年度 日本地域看護学会 表彰論文

原著
原子力災害に備える保健活動に関するエスノグラフィー;原子力発電所立地区域の市町村保健師の内情の開示
大森純子・川崎千恵・中野久美子・田口敦子・北出順子
第24巻第1号,4-12,2021
◆ 選考理由
 原子力災害に備える保健活動に関する原子力発電所立地区域の市町村保健師の内情(表向きにしていない内部の事情)を文化として記述した研究である。エスノグラフィーの手法を用いて、フィールドワークを2年11か月実施するとともに、7市町村の保健師9人をキーインフォーマントとし、保健所保健師等16名をプライマリーインフォーマントとして、フォーマルインタビューを実施した。 その結果、原子力発電所立地区域の市町村保健師の内情のテーマは、“もしものときを想定するほどに立地の保健師の職責を果たせるか不安が募る”であり、テーマは《原発とともにある小規模自治体職員の役割を遵守する》と《住民の命と生活を守るための看護の気づきを溜める》のドメインのサブセットで構成された。本研究は、自治体の職員であり看護職である保健師の内情を丁寧に記述・分析しており、原発立地市町村保健師の支援を検討するうえで貴重な結果を示している。投票において最高点を得た論文であり、本委員会においても、分析のプロセスを丁寧に踏んでおり、研究方法の妥当性、知見の新規性において最も秀でた先駆的な学術論文であり、地域看護学の発展への貢献が大きいと評価し、優秀論文に選定した。
◆ 受賞者の声
 この度は、優秀論文賞という身に余る賞をいただき、誠にありがとうございます。受賞に際し、研究の意義に共感し、ご支援くださった原子力発電所立地区域の保健医療職ならびに行政職の皆様、投稿論文を洗練してくださった編集委員会や査読委員の方々、研究者として育ててくださった諸先生方に改めて感謝申し上げます。思いがけない受賞に大変光栄に思うと同時に、賞の重さに身の引き締まる思いです。
 この研究は、東日本大震災発災の翌年、原発立地区域の基幹病院の看護部長との出会いから始まりました。看護部長から、うちでも事故がいつ起こるかわからない、どうしたらよいか保健師さんに相談しても、優先課題ではない、忙しいからと相手にしてもらえないとの危機感の訴えがあり、なぜ保健師が向き合おうとしないのか違和感を覚えました。さらに、原発はどこもドが付く田舎にあるから来ないとわからないと言われ、最初のフィールドワークに出向くことになりました。それから長い時間をかけ、現地に通い、関連資料にあたり、多くの関係者を訪ねて話を聴き続けました。複数のフィールドと研究室の往復の中で、行政組織の不文律と看護の価値観の狭間にいる保健師が抱える切実な内情が見えてきました。このエスノグラフィーを「立地の市町村保健師の文化」として記述し、広く地域の看護職の方々に論文を読んでいただきたいと考え、日本地域看護学会誌に投稿いたしました。
 東日本大震災発災から12年が経過し、あの時の原発事故の記憶が遠のき、原子力災害リスクへの関心が薄れることを懸念します。国際的な紛争の影響から、老朽化した原発の再稼働や原発自体が標的になる可能性も想定されます。住民の命を守るためには、国と都道府県が地元の看護職の声を聴き、地域の実情を基に具体的な備えを検討する必要があります。
 自身の研究について振り返り、今日的意義をお伝えする好機を頂戴したことに感謝いたします。受賞を励みに、今後も災害マネジメントサイクルの減災と防災に焦点を当てた研究に取り組んでまいります。

 

原著
特定保健指導該当者を対象とした特定保健指導の利用阻害要因尺度の開発
赤堀八重子・齋藤 基・大澤真奈美
第24巻第2号,4-12,2021
◆ 選考理由
 特定保健指導該当者を対象とした特定保健指導の利用を阻害する要因を測定するための尺度を開 発することを目的とした研究である。先行研究などから質問項目原案を作成し、2市1町1村の国民健康保険被保険者のうち、1年間に特定保健指導に該当した3,738人に質問紙調査を実施し、信頼性・妥当性を検討した。回収できた1,459人の質問紙を分析対象として、項目分析および探索的因子分析の結果、4因子18項目が抽出され、信頼性・妥当性が確認され、特定保健指導の利用につなげるための働きかけに示唆が得られた。投票において高得点を得た論文であり、本委員会においても、重要なテーマを扱い、尺度開発の手順も確実に踏んでいる。今後の尺度の活用に課題はあるものの特定保健指導の発展に期待できると判断し、奨励論文に選定した。
◆ 受賞者の声
 この度は、2022年度奨励論文賞を賜り、大変光栄に存じます。わが国では、急速な高齢化による疾病構造の変化により生活習慣病が急増し、課題解決に向けて特定健康診査・特定保健指導が開始されました。生活習慣病の発症および重症化の予防に向けては、特定保健指導該当者が特定保健指導を利用し、保健師などによる指導を受けることが重要です。しかし、開催日時の検討や特典をつけるなど、様々な工夫を行っても特定保健指導の利用率は低い状況であり、特定健康診査・特定保健指導の担当者にとって大きな課題となっていました。特定保健指導の利用率が向上しない理由は、住民と支援者である保健師の考え方の相違が影響しているのではないかと考え、特定保健指導の未利用者に焦点を当て研究を実施しました。
 本研究で開発した尺度の質問項目は、先行研究「特定保健指導における未利用の理由の構造」の成果で得られたKJ法の表札やラベルを基に作成しており、特定保健指導が未利用となる本質を示していると考えます。特に、第4因子「自身の健康に対する自負心」は、本尺度における特有な項目であり、対象者の健康に対する自負心の程度を簡単に測定することが可能となるため、特定保健指導該当者の本質を捉えた尺度を開発することができたと考えております。今後は、多くの市町村において、本尺度を特定保健指導の利用勧奨や保健指導に活用いただけるように取り組むことが課題です。
 最後に、本研究にご協力いただきました皆様に心よりお礼申し上げます。皆様のご助言や励ましのお言葉が、研究の遂行や論文作成の原動力となりました。この度の受賞を励みに、特定健康診査・特定保健指導に関する研究を継続し、地域の健康づくりに貢献できるような研究の発展に尽力して参りたいと存じます。

 

研究報告
住民ボランティアの見守り対象高齢者数と見守り活動・見守り関連活動や活動満足感・負担感との関連
西 結香・池田直隆・河野あゆみ・岡本双美子
第24巻第1号,23-31,2021
◆ 選考理由
 住民ボランティアの見守り対象高齢者数とその活動や活動満足感・負担感との関連を明らかにすることを目的とした研究である。住民ボランティア1,812人を対象として無記名自記式調査を実施したところ、749人から回答が得られ、見守り対象高齢者数が多いほど見守り関連活動の実施頻度が多くなること、見守り対象高齢者数と活動満足感は影響することが明らかにになった。活動負担感は、見守り高齢者数が多すぎることやボランティアの役割を担うこと自体により増大しており、見守り高齢者数が多くなり過ぎないようする必要性が示唆された。投票において高得点を得た論文であり、本委員会においても、研究の着眼点が興味深く、実践的有用性が高い論文であり、さらなる発展が期待できると判断し、奨励論文に選定した。
◆ 受賞者の声
 この度は2022年度日本地域看護学会奨励論文賞を賜り、大変光栄に存じます。思いがけない受賞に非常に驚いたのと同時に、身の引き締まる思いがいたしました。本論文の執筆にあたり、寝屋川市の社会福祉協議会の皆様や住民ボランティアの皆様に調査のご協力をいただきました。皆様のご協力に心より御礼申し上げます。
 現在のわが国では、少子高齢化や核家族化の進行に伴う、近隣住民同士の関係の希薄化や高齢者の社会的孤立、孤独死などが問題視されています。これらの問題を予防する方法のひとつには、住民ボランティアによる高齢者の見守り活動が挙げられますが、ひとくくりに住民ボランティアといっても活動内容や頻度、意識はさまざまです。今後、高齢化に伴い、見守り対象者数が増え、住民ボランティア自身も高齢化していくことを踏まえると、住民ボランティア自身が活動についての意義ややりがい等の認識をもち、活動による負担感を適正にとどめながら、ボランティア活動を維持・拡大していくことが必要です。
 本研究の結果、近隣住民との関係が希薄化する現在、個別援助よりもグループ援助活動の方が取り組みやすく、見守り対象高齢者数の多さと見守り活動、見守り活動以外の地域社会活動の活発さ、活動満足感は相互に影響を与えていることが明らかになりました。一方で、負担感は、見守り対象人数が1~5人であれば負担感は有意に低かったことから、見守り対象高齢者数には適正な人数が存在すると考えられました。本研究は、今後の見守り活動のあり方や、活動の維持・拡大に資する基礎資料になると考えています。
 最後になりますが、本研究のあらゆる段階において、幾度となくご助言ご指導をいただきました先生方には、この場をお借りして、心より感謝を申し上げます。この度の受賞を励みに、今後も自己研鑽を重ねながら、住民、地区組織の皆様と地域づくりを協働で進められるよう努力して参ります。